「牧師って平日なにしてるの」

知人にこんなことを言われたことがあります。
「牧師って平日はなにしてるんですか?日曜だけ聖書の話しをして終わりでいいですねー。あとは休みなんですか?」って。

「失礼な!」と思いました。

でもまあそう見えますよね。牧師の仕事って謎ですから。
「日曜営業の週休6日」みたいな。

別に私はそう思われてもいんですけど、全国、全世界の牧師のために弁明したいと思います(´・ω・`)

牧師の仕事は多岐にわたりますが
一番重要な仕事は、聖書の話をするということです。

私なら大体、毎週30分ぐらいの聖書の話をしています。
けど聖書のことを話す時間より、聖書に聞く時間のほうが圧倒的に長いです。
聖書を読み、聖書に関するあらゆる本を読み、時には外国語の本も読み、何時間もかけて準備します。

 ある牧師に、「いつもどれぐらいの時間をかけてメッセージを作ってるんですか。」と尋ねました人がいました。
その牧師はこう答えたそうです。「私の人生のすべての時間を使っています。」

かっこいいー!

私も言いたい笑

でも実際そうだなと思います。
聖書を読みつつ、活字やパソコンに向かってみことばを思い巡らせながら、分からなくて煮詰まることもしばしばあります。
私たち家族はこの二階に住んでいて、私の書斎も家の中にあります。
いつも家族が一緒なんです。

煮詰まって書斎から飛び出て家族がいるとこで、ぐるぐる考えている時に、
妻に「子どもの幼稚園の送迎に行ってきて」と言われる。

ちょっと腹が立ちます。「こう見えて仕事してんだぞ」って。

それでも、しぶしぶ行きます。

けど、それが案外良かったりするんです。
幼稚園の行き帰りや誰かとなにげない会話をしている時とか「あ、このみことばはこういうことだったのか!」と、みことばの新しい発見をするんです。
嬉しいことやつらい経験をする時に聖書のことばを思い出し、そのみことばに励まされたり、
また過去の傷や人生で経験した苦しみや困難がみことばによって癒されるという経験をすることで、
みことばが以前よりもっと迫り、より深い理解に導かれることがあります。

これは牧師に限らず、聖書のみことばに向き合うすべての人が経験することです。
みことばは、聖書を開き、メッセージを聞いている時だけでなく、そのあとの私たちの日常の中で、働くんです。

忙しいけどしなくちゃいけないことに向かう時、イライラするとき、苦しみにある時、喜びにある時、
心にあるみことばが、私たちに語りだすということある。
聖書のみことばは私たちの生活と心にすっと入ってくるんです。

これまで分からなかった神様が近くなる。
信じられなかった神様が分かる。
神様に立ち返る。
これがみことばに向き合う時に起こることです。

2018年12月24日
クリスマスイヴキャンドルサービスのメッセージ抜粋